基本的に移動にはタクシーを使うようにしている。電車が嫌いということもあるが、土地勘をつけるためでもある。
僕は20代の時に上京してきた。
金持ちになって、日本人の経営者にはやはり都内出身の人間が多いことに気が付いた。青山や成城、高輪、武蔵小金井などに実家がある人たちが、親の会社を継いだり、ロンダリングしたりしている。彼らはすごく「良い人」で、僕のようにガツガツしたところがない。僕と仲良くなるのはやっぱり一代で財を成したようなハングリーな奴らが多いけど、こういう「良い人」とのお付き合いも重要だ。
こういうおぼっちゃんたちは、「やり手なんですね」といってニコニコしているが、アホほどプライドが高い。自分より稼いでいる僕のことを内心面白く思っていない。揚げ足を取ろうと身構えている。身なりはもちろんのこと、テーブルマナーや言葉遣い、連れている女のランクまで、嫌という程細部まで目を光らせ、貶める場所を探している。
こっちも、変な噂を立てられたら困るので、彼らと会う時はいつも以上に気を引き締めて応じる。
やっぱり一番ネックになるのが、地方出身であるということだ。言葉遣いだったり、土地の話だったり。小さい頃から東京に住んでいる彼らは、新しくできた建物を説明するときに、
「ほら、昔○○があった……」
という言い方をする。
ここできょとんとした顔をしたら馬鹿にされる。「ああ、あの……」としたり顔で頷きながら、脇の下にはじっとりと汗をかいている。地図を見たり本を読んだりしても、こういう知識というのはすぐには身につかない。
それで、できるだけ沢山タクシーに乗るようになった。道を説明する際に、土地勘のある運転手さんなら、通りの名前だったり、ランドマークになる古い建物の名前だったりを口にするからだ。そうか、ここへ行くときはこういう風に言えばいいのか、と、降りてからすぐにメモを取る。その習慣を続けている。
「いやあ、この辺も変わりましたよね」
と話しかければ、立て板に水の要領でローカルの情報を教えてくれるおじさんも多い。
なんで運転手を雇わないのかと聞いてくる友人も多いが、僕としてはこの習慣をしばらく変えるつもりはない。海外に行ったときも、できるだけ運転手に話しかけるようにしている。もともと見知らぬ人と話すのは苦手で、一人で出来る仕事にあこがれがあった。独立した当時は、そういう思いもあったと思う。いずれ誰にも会わずに仕事ができるようになるだろう、と。その自分が、いまやいたるところで他人に話しかけている。そして、彼らから教えられて少しずつレベルアップしている自分が楽しかったりする。