なんか暗い話が多くなってきたので、女の子の話でもしましょう。
よく、犬は人に懐き、猫は家に懐く、と言いますよね。
僕の持論ですが、女の子はベッドに懐く、と思います(笑)。
僕は独身ですがモデル級の美女の彼女がいます。付き合う際、「お互い別の恋人を作ってもいい」という約束をしています。とはいえ、彼女に男がいる気配は今のところありません。お金も入れていますし、満足して貰うためにこまめにプレゼントをあげています。たまにはデートもします。女の人って、満足度さえ高ければ、他の男に目がいかないものなんですね。
今の彼女とは、もう二年になります。いわゆる「愛人」のように、月々の手当てを渡したり、マンションを用意してあげたり、というような付き合いはしていません。彼女が嫌がったからです。僕としては、ある程度の額を受け取ってもらった方が、なにかと気楽でいいんですけど。
もちろん、デートや旅行のお金は僕が全額持ちますし、二ヶ月に一度は高価なプレゼントを贈るようにしています。たまに美容器具なんかも買ってあげます。いつも綺麗でいてほしいですから。
でも、どうやら、彼女を一番満足させているのは、ベッドらしいです。
と言っても、あの、夜の営みのほうではありません。そっちのほうは、僕も勉強しているし自信もあるんですけど、その話はまたの機会に(笑)。
僕が買ってあげたベッドの話です。
初めて会ったとき、彼女はまだ学生だったから、かたーい、やっすーい、パイプ製のシングルベッドで寝ていたんですね。その頃の僕はわりとリッチな女の子とばかり遊んでいましたから、ちょっとびっくりしました。じゃれあっていてもギシギシ鳴るし、そもそも2人で寝れないし!
一晩眠れず我慢して、翌朝お店が開くのを待ち、青山にあるシーリーのショールームに連れて行きました。モデルのバイトをしている苦学生だっ彼女は、展示されいる値札にびびっていたらしいのですが、僕は有無を言わさず、とにかく全部に寝転がってみろ! と命じました。
結局、当時一番新かったダブルのマットレスとベッドフレームを買いました。ついでに掛け布団と枕を幾つか買い足し、カバーをシルクで揃えました。洗い替えも合わせて3セット。それで、100万もいかないぐらいだったと思います。ちょっと足を伸ばして表参道をぶらつき、僕が泊まった晩には着てほしいなと思うようなパジャマを、いくつか買ってあげました。
帰りのタクシーの中で、彼女の口数が少なくなっているのに気が付きました。
「もしかして、嫌だった?」
と聞くと、否定も肯定もしませんでした。でも表情で、微妙に「嫌だった」のだと分かりました。
別に特別喜んで貰おうと思っていたわけではなかったんですが、そのリアクションに僕はちょっとびっくりしました。
「勝手なことしたから怒ってるの?」
と言うと、彼女は今度ははっきりと首を横にふりました。よく見ると涙ぐんでいます。怒っているのではなく、傷ついているのだと分かりました。でも、なぜだろう? 僕にはさっぱり訳がわかりませんでした。
彼女は、高価なプレゼントを受け取るのはそれが初めてだったようです。「いいな」と思ったから僕を部屋に泊めたのに、こういうことをされて、お金で買われたような気分になったと言いました。「妻子持ちでもいい」と思って関係を持ったのに、逃げられたように感じた、と……。
僕はちょっと感動しました。とても綺麗な子なので誤解をしていたけれども、彼女はまっすぐに好意を抱いてくれていたらしいのです。
僕はまず、お礼を言いました。そんな風に思ってくれてありがとう、と。そして「誤解をさせてごめんね」と謝りました。
それから、次のような会話をしました。
「俺は、これからも会いたいなーと思ってるんだけど、もう俺には会いたくない?」
彼女はすぐに首を横に振りました。
「また部屋に泊めてくれる?」
今度はちょっと迷ってから、頷きました。
「じゃあ、俺を助けると思って、あのベッドを受け取ってくれない?」
彼女は首を傾げました。
「あのね、あのベッド代ぐらいのお金だったら、頑張れば俺は一日で稼げるの。それってひっくり返せば、ちゃんと俺が働けないと、その一日で百万の損失になっちゃうってことなの。だから、良いベッドで眠ることは、俺にとってその損失を防ぐことになるわけ。要するに、一晩あのベッドで俺が眠れば、元は取れるんだよ」
彼女に笑顔が戻りました。
……まあちょっと、当時の僕としては見栄をはった部分もありましたが(笑)、完全な嘘ではありません。彼女はちょっと呆れていたようですが、最終的には納得してくれました。女の子に高額のプレゼントを受け取ってもらう際、「俺を助けると思って」というストーリーは割と使えますよ。
シーリーのベッドはハイクラスのホテルに入っているだけあって、本当に寝心地がいいんですよね。翌週彼女から感激の電話を貰ったのを覚えています。
これは営業にも利用されるセオリーですが、人は柔らかいものに触れている状態では、思考が柔軟になると言われています。毎晩眠るベッドで、買ってくれた僕のことを考えることは、実は、恋愛においても良い作用をもたらすんです。
僕と付き合うようになってから、彼女は垢ぬけたと思います。もともと綺麗な子でしたが、服や化粧品を買ってあげると刺激を受けたらしく、貪欲に研究するようになって、今ではぱっと人目を惹く華やかさがあります。
お誘いも増えたらしく。
内心ひやしやしています。
「いい人があらわれたら、そっちにいっていいからね」
平気なふりをして時々そう水を向けるのですが、彼女はいつも即座に「いやだ」と言います。別れるなんてまだ考えられない、付き合って二年になるけど、今でも毎晩僕のことを思い出すのだ、と……。
それはベッドのお陰じゃないかなあ、と思っているけど、黙っています(笑)。